
北海道・北東北の縄文遺跡群
北海道・北東北の縄文遺跡群は、北海道道南と青森・岩手・秋田の1道3県に点在する17の縄文遺跡で構成されるユネスコ世界遺産。約1万年にわたる狩猟採集民の定住生活を伝える、発掘済み考古遺跡のみで構成される国内初の世界遺産として2021年に登録された。三内丸山遺跡や大湯環状列石を含む。
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- 北海道道南と青森・岩手・秋田の17遺跡で構成される、縄文時代のシリアル型世界遺産。
- 農耕以前の定住生活を約1万年にわたり続けた、複雑な精神文化の証として2021年登録。
- 三内丸山遺跡や大湯環状列石を含み、考古遺跡のみで構成される国内初の世界遺産である。
歴史
北海道・北東北の縄文遺跡群は、北海道道南、青森県、岩手県、秋田県の1道3県に点在する17の縄文時代遺跡で構成される、シリアル型(複数構成資産型)のユネスコ世界文化遺産である。発掘調査された考古遺跡のみで構成される国内初の世界遺産であり、2021年7月27日にバーチャル開催された第44回世界遺産委員会で登録が決定した(ID 1632)。
登録運動の起点は、2002年8月に4道県知事サミットで提唱された「北の縄文文化回廊づくり構想」である。2006年に文化庁が世界文化遺産候補地を公募した際には、青森県が「青森県の縄文遺跡群」を、秋田県が「ストーンサークル」をそれぞれ単独推挙し、2009年に2候補を統合のうえ北海道と岩手県の遺跡も加える形で「北海道・北東北を中心とした縄文遺跡群」として暫定リストに掲載された。
2017年までは5年連続で正式推薦が見送られた苦難の時代が続いた。「全国約9万箇所に縄文遺跡が分布するなかでなぜこの4道県なのか」「17遺跡で過不足なく普遍的価値を説明できているのか」といった文化審議会からの厳しい指摘を受け、2017年8月にプロジェクトチームが立ち上げられ、推薦書の改定作業が進められた。集落の変遷に軸を置く再構成や、津軽海峡を挟む同一文化圏の存在、ブナ林を支柱とする海と山の恵みの両取り、特別史跡指定による法的保護の網羅性などが整理され、2018年に2020年正式候補として選ばれた。
しかし2020年から世界遺産は文化遺産・自然遺産を問わず一国一件に推薦が制限されるようになり、自然遺産候補の「奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島」が優先される結果、縄文遺跡群は2021年の推薦に回されることとなった。2019年12月の閣議了解を経て、2020年1月16日にユネスコへ推薦書を提出。同年9月には新型コロナ禍のなかオーストラリア・イコモスから派遣された考古学者マシュー・ウィンコップによる現地調査が実施され、2021年2月の中間報告では推薦取り下げ勧告に至らない見通しが示された。同年5月26日にイコモスが登録勧告を出し、7月27日に晴れて世界遺産入りを果たした。
登録後は構成資産間の保存修景・観光受入の格差解消が課題となっており、ローザンヌ憲章に基づく遺構埋め戻しの方針(是川・亀ヶ岡・田小屋野・二ツ森など)と、復元建物による可視化の方針(三内丸山など)の両立が引き続き議論されている。北海道では景観法の適用と入江貝塚周辺の景観形成重点区域指定が進められ、青森市の小牧野遺跡では専属保護条例が制定されるなど、自治体レベルでの取り組みも進化している。
文化的意義
北海道・北東北の縄文遺跡群は、農耕以前の定住社会が約1万年にわたり持続したという世界史上稀有な事実を、シリアル型遺産として体系的に提示する。三内丸山遺跡から出土した栗のDNAの近似性は植栽の可能性を示し、栗が自生しなかった北海道側でも栗が出土することは植栽技術の伝播を示唆する。津軽海峡を挟んだ同一文化圏の形成、土器・漆器・玦状耳飾といった器物の独自性、大湯環状列石をはじめとする祭祀空間の精神性は、縄文文化が高度に組織化された社会の所産であることを語る。世界遺産としては、不動産遺産の完全性を補完する動産(出土遺物)が各地のサイトミュージアムで公開される運営方針が、ユネスコの「世界遺産と博物館」指針に沿う先進的な事例として評価された。
訪問ガイド
縄文遺跡群は1道3県にまたがる17遺跡で構成されるため、訪問は地域別の周遊が現実的である。シンボルである三内丸山遺跡は青森駅・新青森駅から路線バスで約30分でアクセスでき、大型竪穴建物・盛り土・板敷遺構の復元と縄文時遊館の常設展で半日を過ごせる。秋田県の大湯環状列石はJR鹿角花輪駅からバスで約30分、隣接するストーンサークル館で出土品を観られる。北海道函館市の大船遺跡・垣ノ島遺跡は函館空港・新函館北斗駅から車で40分から1時間が目安となり、洞爺湖近くの入江貝塚もあわせると道南で一日コースが組める。岩手県の御所野遺跡は二戸市と一戸町の間に位置し、八戸からの日帰りも可能である。各遺跡で復元建物と博物館の有無、所要時間、休館日が異なるため、訪問前に各自治体の公式サイトで最新の見学情報・ガイドツアー予約状況を確認したい。
周辺スポット
三内丸山遺跡周辺では、青森県立美術館がすぐ隣接し、奈良美智作品や棟方志功コレクションを縄文文化と並べて鑑賞できる。市内中心部には青森ねぶた祭ミュージアム「ねぶたの家ワ・ラッセ」もあり、北東北の祭礼文化と縄文文化を一日で体感できる。大湯環状列石からは八幡平国立公園や十和田湖が車で1時間圏内にあり、縄文の精神世界と東北の自然観光をつなげる旅程が組める。函館の大船遺跡・垣ノ島遺跡からは、世界遺産の構成資産には含まれない縄文後期の入江・高砂貝塚や、五稜郭・函館山などの近代史跡まで一気に訪問可能で、1万年の時代横断旅も実現する。
現代における価値
北海道・北東北の縄文遺跡群は、農耕に依存しない持続可能な暮らしを1万年続けた文明の証として、気候変動と生物多様性の現代的議論に直接的な示唆を与える。集落・墓・祭祀空間が一体となった土地利用は、土地の所有概念以前の共同体運営のかたちを今に伝える。世界遺産登録運動が老若男女のボランティアによる住民参加型で展開された経緯は、2012年の京都ビジョンが掲げた「世界遺産と地域社会」の好例として国際的にも引用され、住民が遺産の主体として関与する運営モデルとして注目を浴びている。