ストラスブール大聖堂

ストラスブール大聖堂

ストラスブール大聖堂は、フランス・アルザスの歴史都市に佇むカトリック大聖堂。ヴォージュ産砂岩のピンクがかった姿と142メートルの単一尖塔で知られ、1647年から1874年まで227年間にわたり世界最高峰の建築物の地位を保った。1988年にユネスコ世界遺産。ヴィクトル・ユーゴーが「巨大で繊細な驚異」と評したライン地方ゴシックの傑作である。

3行サマリ

  • フランス・アルザスの旧市街にそびえる、高さ142mのレイヨナン・ゴシックの代表作。
  • 1015年着工で1439年完成。1647年から227年間、世界最高峰の建築物だった。
  • ヴィクトル・ユーゴーが評した「巨大で繊細な驚異」、世界遺産にも登録された名建築。

歴史

ストラスブール大聖堂(正称ノートルダム=ド=ストラスブール大聖堂)は、フランス・アルザス地方ストラスブール旧市街の中心に建つカトリックの大聖堂である。ヴォージュ山地の砂岩がもたらすピンクがかった独特の色合いと、北西側に立つ単一の尖塔の高さ142メートルで知られ、ライン地方ゴシック建築の最高傑作の一つとされる。 現在地に最初の大聖堂が建てられたのは6世紀後半、ストラスブール教区の司教聖アルボガストの時代であり、カール大帝期にレミ司教が地下霊廟を備えた建物に拡張した。842年の「ストラスブールの誓い」の舞台となったこのカロリング朝大聖堂は、873年・1002年・1007年と火災を繰り返し、1015年に司教ヴェルナー・フォン・ハプスブルクがロマネスク様式の新大聖堂の礎石を据えた。しかし1176年の火災で身廊の木製屋根を失い、後継のヘンリッヒ司教はバーゼル大聖堂を凌ぐ規模の再建を決意する。 1225年、シャルトル大聖堂から技術者集団がストラスブールに到着し、すでに進んでいたロマネスク計画は途中でゴシック様式へと転換された。資金難の折には1253年から贖宥状の発行で建築家と石工が雇われ、彫刻群の意匠もシャルトル派の影響を受ける。最後の審判を主題とする「天使の柱」や、数千の彫像で覆われた西ファサードはこの時期に成立した。建設管理は1224年に設立されたノートルダム財団が担い、現在まで800年以上にわたって維持事業を継続している。 ファサード北側の尖塔は、ウルリッヒ・エンジンゲン(1399年から1419年)とヨハネス・ヒュルツ(1419年から1439年)の二代にわたって設計・施工された。1439年の完成時、当初の左右対称二尖塔の計画は財政上の理由で放棄され、結果として独特の非対称シルエットが生まれた。1647年にシュトラールズントのマリエン教会尖塔が世界最高層の座を譲ったため、1874年にハンブルク聖ニコライ教会の尖塔が完成するまでの227年間、ストラスブール大聖堂は世界一の高層建築であり続けた。 1524年のプロテスタント転向、1681年のルイ14世支配下でのカトリック復帰、1682年の内陣障壁撤去、1744年のバロック聖具保管室追加、1870年のプロイセン砲撃、1944年の英米軍空襲と、近世以降の歴史も激動に満ちる。とりわけ第二次世界大戦中はナチス・ドイツが「ドイツ人民の国家的聖域」と位置づけ、74枚のステンドグラスがハイルブロン近郊の岩塩鉱山に隠されたが、戦後アメリカ軍の手で大聖堂に返還された。戦災の完全修復は1990年代初頭まで続いた。1988年にはストラスブール旧市街グランド・イルとともにユネスコ世界遺産に登録され、ライン地方を代表する精神的・建築的記念物として現代に伝わっている。

文化的意義

ストラスブール大聖堂は、ロマネスク様式とゴシック様式の境界期に建ち、二つの様式が一つの空間で接続するヨーロッパでも稀な記念物として、建築史上きわめて重要な位置を占める。1224年に設立された建設・維持の監督機関ノートルダム財団は800年以上にわたって独立した運営を続けており、中世ヨーロッパの公共建築管理が現代まで途切れずに続く稀有な例である。1539年に文献上初のクリスマスツリーが設置されたことで知られるなど、ヨーロッパ生活文化の起源を刻む現場でもある。1988年にストラスブール旧市街グランド・イルとともにユネスコ世界遺産に登録され、レイヨナン・ゴシックの代表作として国際的な保護対象となった。

建築的特徴

ストラスブール大聖堂は、全長112メートル、中央身廊の天井高32メートル、北西尖塔の高さ142メートルに達する大規模建築である。建材にはヴォージュ山地のピンクがかった砂岩が用いられ、アルザス平原に独特の温かみを帯びた色彩を投げかける。東側のクワイヤや南側玄関にはロマネスク期の壁中心の構造が色濃く残るのに対し、西ファサードは数千の彫像と直径13.6メートルのバラ窓で覆われたゴシック・レイヨナンの傑作である。当初予定された二尖塔の左右対称計画は資金難で放棄され、北西側のみに八角形を回転させる幾何学的構成の単一尖塔が建ち、独特の非対称なシルエットを生み出した。内部の見どころは、最後の審判を表現した「天使の柱」と、各時代のステンドグラスが共存する翼廊と身廊のガラス群である。14世紀の主要群を中心に、12世紀後半の北翼廊や13世紀初頭の「皇帝の窓」、20世紀の南翼廊新作までが一堂に並ぶ。

訪問ガイド

ストラスブール大聖堂は、ストラスブール中央駅から徒歩約15分の旧市街グランド・イル中心部にあり、TGVではパリ東駅から約2時間でアクセスできる。大聖堂内部の見学は基本無料で、開館時間内に自由に入場できる。展望台に上る場合は登塔チケットが別売で、約330段の螺旋階段を上って高さ66メートルから旧市街と平原を一望できる。所要時間は内部だけで30分から1時間、登塔と中央広場での天文時計の鳴動見学を含めれば2時間が目安となる。著名な天文時計は午後にメインショーが行われるため、訪問のタイミングを合わせたい。最新の入場料・営業時間とイベントスケジュールは公式サイトおよび観光局サイトで事前確認すべきで、特にクリスマスマーケット期間は人出が集中する。隣接するルーヴル・ノートルダム美術館では、剥がされた本物の彫像群と建設当初の設計図を観覧でき、大聖堂の理解が一段と深まる。

周辺スポット

徒歩圏には、ストラスブール市の中心地グランド・イルの石畳の路地が広がり、伝統的な木組み建築が連なるプティット・フランス地区まで徒歩約15分で到達する。隣接するルーヴル・ノートルダム美術館では大聖堂の本来の彫像と建設当時の設計図を間近に観られ、回廊跡の遺構も併設される。アルザス美術館やストラスブール歴史博物館も徒歩圏で、地域文化と海運史を扱う展示が観光の幅を広げる。さらにイル川の遊覧船に乗れば、欧州議会本会議場のあるオランジュリー公園や近代建築の地区まで小一時間で巡れる。

現代における価値

ストラスブール大聖堂は、フランスとドイツが帰属を奪い合った歴史の象徴として、現代ヨーロッパの和解と統合を背景にもつ建築である。1940年にヒトラーが「ドイツ人民の国家的聖域」と位置づけた場所は、戦後に欧州評議会の本拠地となった同じ街のなかで、欧州の精神的中心へと意味を反転させた。砂岩は大気汚染と気候変動の影響を受けやすく、財団による継続的な石材交換と修復は近代保存科学の試金石としての役割も担う。観光地としての賑わいの陰で、建築・宗教・政治の絡み合いを今も体感できる稀有な空間である。

外部リンク

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